450年生ねんいきた神社じんじゃの大おおきな木きがたおれた

みなさんの家いえの近ちかくや学校がっこうの校庭こうていにも、長ながい間あいだそこに立たっている大おおきな木きはありませんか。植物しょくぶつは、たね、子葉しよう、葉は、花はな、実みという順じゅんに育そだち、根ね・くき・葉はで体からだができています。木きは何十年なんじゅうねん、何百年なんびゃくねんと生いきて、人ひとの何倍なんばいもの高たかさになることもあります。とくに神社じんじゃやお寺てらには、昔むかしから大切たいせつに守まもられてきた古ふるい木きがよくあります。京都きょうとにある下鴨神社しもがもじんじゃの「ただすの森もり」も、そんな古ふるい木きがたくさんしげる場所ばしょとして知しられています。

2026年ねん6月がつ16日にちの午前ごぜん10時じごろ、下鴨神社しもがもじんじゃは、ある大おおきな木きがたおれたことを公式こうしきに発表はっぴょうしました。たおれたのは「御神木ごしんぼく」と呼よばれて大切たいせつにされてきた、シイという木きです。この木きは「樹齢じゅれい」、つまり生いきてきた年数ねんすうが450年ねんもあり、ただすの森もりの中なかで最もっとも古ふるい木きでした。高たかさは約やく30メートル、幹みきのまわりは約やく3メートルもある、とても大おおきな木きです。この木きが根元ねもとから折おれて、南側みなみがわへたおれました。とても長ながく生いきて木きが古ふるくなり、老木ろうぼくになったことが原因げんいんだと、下鴨神社しもがもじんじゃは説明せつめいしています。木きがたおれたとき、近ちかくにいた人ひとがけがをすることはなく、けが人にんはいませんでした。下鴨神社しもがもじんじゃは、この木きをかたづけてしまうのではなく、「御神木跡ごしんぼくあと」として神社じんじゃのしき地ちの中なかに残のこして保存ほぞんする予定よていだとしています。

ここで出でてきた言葉ことばを説明せつめいします。「御神木ごしんぼく」とは、神社じんじゃで神様かみさまが宿やどるとされ、とくに大切たいせつにされている木きのことです。「樹齢じゅれい」とは、その木きが生うまれてから今いままでに生いきてきた年数ねんすうのことです。「老木ろうぼく」とは、長ながい年月としつきがたって古ふるくなった木きのことを言いいます。450年ねんという長ながい間あいだ、下鴨神社しもがもじんじゃのただすの森もりを見守みまもってきた木きがたおれたことは、とても大おおきな出来事できごとです。木きも生いき物ものなので、人ひとと同おなじようにいつかは年としをとり、その一生いっしょうを終おえます。この木きがたおれた場所ばしょを「御神木跡ごしんぼくあと」として残のこすことで、わたしたちは、長ながい間あいだその土地とちで生いき続つづけてきた命いのちの大おおきさや、自然しぜんと人ひととのつながりを、これからも感かんじ取とることができるのです。