米軍べいぐんが使つかっていた土地とち、約やく79年ねんぶりに日本にほんへ もどった土地とちで新あたらしい街まちづくりへ

みなさんは社会科しゃかいかで、日本にほんが太平洋戦争たいへいようせんそうのあと、平和へいわな国くにとして復興ふっこうしてきたことを学まなびましたね。その一方いっぽうで、日本にほんの中なかには、今いまもアメリカ軍ぐんが使つかっている土地とちがあります。神奈川県かながわけんのよこはま市しにも、そうした土地とちの一ひとつである「根岸住宅地区ねぎしじゅうたくちく」がありました。ここは、太平洋戦争たいへいようせんそうが終おわってから2年後ねんごの1947年ねんに、アメリカ軍ぐんが「接収せっしゅう」した土地とちで、それからずっとアメリカ軍ぐんの住宅地区じゅうたくちくとして使つかわれてきました。

2026年ねん6月がつ30日にち、日本政府にほんせいふの防衛省ぼうえいしょうとアメリカ軍ぐんは、この根岸住宅地区ねぎしじゅうたくちくの全部ぜんぶを日本にほんに「返還へんかん」したと発表はっぴょうしました。1947年ねんの接収せっしゅうから数かぞえて、約やく79年ねんぶりのことです。返還へんかんされた土地とちの広ひろさは約やく43ヘクタールで、これは1辺ぺんが100メートルの正方形せいほうけいが43個分こぶんにもなる広ひろさです。じつは、この返還へんかんは急きゅうに決きまったことではありません。2004年ねん10月がつに、日本にほんとアメリカの代表だいひょうが話はなし合あう「日米合同委員会にちべいごうどういいんかい」で、将来しょうらいこの土地とちを返かえすことが合意ごういされていました。その合意ごういから約やく22年ねんたって、ようやく実現じつげんしたのです。2026年ねん9月がつには、返還へんかんを記念きねんする式典しきてんが開ひらかれる予定よていです。そして、土地とちがもどってきたよこはま市しは、今後こんごこの地区ちくで新あらたな街まちづくりを進すすめる方針ほうしんです。

ここで、ニュースに出でてきた言葉ことばを確認かくにんしましょう。「接収せっしゅう」とは、国くにや軍ぐんが、人ひとの土地とちや建物たてものを取とり上あげて使つかうことです。「返還へんかん」とは、借かりたり取とり上あげたりしていたものを、もとの持もち主ぬしに返かえすことです。「日米合同委員会にちべいごうどういいんかい」とは、日本にほんとアメリカの政府せいふの代表だいひょうが、アメリカ軍ぐんが使つかう土地とちのことなどを話はなし合あう会議かいぎです。約やく79年ねんもの長ながい間あいだ、日本にほんの人ひとたちが自由じゆうに使つかえなかった広ひろい土地とちが、やっと日本にほんにもどってきました。土地とちの返還へんかんは、そこに住すむ人ひとたちの生活せいかつや街まちの未来みらいを大おおきく変かえる出来事できごとです。よこはま市しがこの土地とちにどんな街まちをつくっていくのか、これからのニュースにも注目ちゅうもくしていきましょう。