1買い物客が、とつぜんさいがいの中に げきのようなぼうさいくんれん


今から49年前の1977年、あさひ川医科大学の先生だった海野とくじさんは、「鼻のかみ方」という研究を発表しました。海野さんは、耳や鼻、のどの病気を調べる「耳鼻咽喉科」の先生でした。研究は、和歌山県立医科大学の矢島洋さんといっしょに行いました。14さいから48さいまでの男の人15人にじっさいに鼻をかんでもらい、左右の鼻のあなから、どれくらいの空気が、どれくらいの速さで、どれくらいの時間出るかを、2台のはかる道具でくわしくはかりました。耳のあなの中の空気の力がどうかわるかも調べました。この研究は、日本耳鼻いんこう科学会という学会が出す本に「論文」としてのせられました。論文とは、研究で調べたことや分かったことをまとめた文章のことです。

この研究で分かったことは四つあります。一つ目は、鼻は左右かた方ずつかむのが正しく、鼻水もよくとれるということです。二つ目は、強くかんでも耳の中の病気に直せつ悪いことは起きないので、力を入れてかんでよいということです。三つ目は、かむ前にほどよく息をすい、時間をかけてゆっくりかむとよいということです。四つ目は、鼻だけでなく、のどのおくにたまったたんを出すのにも役に立つということです。
この研究が、第36回「イグ・ノーベル賞」の医学しょうにえらばれたと、2026年9月4日にあさひ川医科大学が発表しました。人をわらわせ、そして考えさせるような研究におくられる、世界でよく知られたしょうです。しょうをおくる式は、9月3日の夜7時(日本の時間では9月4日の朝早く2時)から、スイスのチューリッヒという町にある会場で開かれました。海野さんは2022年8月に89さいでなくなっているため、式には、いまあさひ川医科大学で耳鼻いんこう科の3代目の先生をつとめる、たか原みきさんが代わりに出ました。
海野さんは1933年3月に生まれ、千葉大学の医学部で学びました。1976年10月に、あさひ川医科大学の耳鼻いんこう科のはじめての「教授」になりました。教授とは、大学で学生に教えたり、研究をしたりする先生のことです。1998年3月に定年で大学をやめ、その次の月から、長く大学につくした先生におくられる「名誉教授」になりました。その海野さんの研究が、なくなってから4年後に、世界のしょうをもらうことになりました。