2026年8月9日(日)のこどもニュース
長野県の山の県道で土石流 黒川橋が流され 12.2キロメートルが通行止めに

夏の山では、はげしい雨がふることがあります。理科で習ったように、流れる水には土地をけずったり、土や石を運んだりする働きがあり、水の量が増えるとその働きは急に大きくなります。山の谷に集まった雨水が、土や石、木をまきこんで一気に流れ下ることを土石流といいます。土石流は、道や橋をこわしてしまうほどの大きな力をもっています。長野県のあづみ野市には、山おくのなかぶさ温泉まで続く一本の道があり、この道で8月8日の夜、土石流が起きました。

長野県は8月9日、あづみ野市を通る県道で土石流が起き、通れなくなったと発表しました。土石流が起きたのは、令和8年8月8日の午後8時半です。場所はあづみ野市ほ高有明で、黒川さわから流れ出した土や石によって、黒川橋が流されてなくなりました。この橋があったのは、道のとちゅうにある宮城ゲートから1.5キロメートル先です。橋がなくなったため、車はもちろん、歩いて通ることもできません。
この道の正式な名前は槍ヶ岳矢村線といい、ふだんはなかぶさ線とよばれています。長野県は、宮城ゲートから、なかぶさ温泉のあるなかぶさゲートまでの12.2キロメートルの間を、8月8日午後8時半から全面通行止めにしました。いつ通れるようになるかは、今のところ決まっていません。長野県のあづみ野建設事務所は、まず人が歩いて通れるようにするための仮応急工事ができないか、検討していると説明しています。この件の担当は、あづみ野建設事務所の畑中英夫さんたちです。
このニュースに出てきた言葉を説明します。「土石流」は、大雨などによって、山の谷の土や石が水とまざり、一気に流れ下る現象のことです。ふだんの川の流れよりずっと力が強く、橋や道が一度でこわされてしまうことがあります。「県道」は、県が作って管理している道のことです。「仮応急工事」は、元どおりに直す前に、とりあえず急いで手を打つ工事のことで、今回は、車は無理でも、せめて人が歩いて通れるようにできないかが考えられています。山おくへ行く道は一本しかないことが多く、橋が一つ流されるだけで、その先の温泉や山が遠い場所になってしまいます。わたしたちが夏に山や川へ出かけるときも、天気や川の様子に気をつけ、通行止めの案内に必ず従うことが大切です。出かける前に、長野県のホームページなどで最新の情報を確かめるようにしましょう。
北とぴあの前に立つ大きな像 北村西望さんの歩みを東京都北区がしょうかい

みなさんの住む町にも、駅の前や公園に、人の形をした像が立っているのを見かけることがあると思います。ふだんは何気なく通り過ぎてしまいますが、その像には、その町とつながりの深い人の物語がかくれていることがあります。東京都の北区の王子には、北とぴあという建物があり、その前に大きな像が立っています。この像は、長い間北区に住み、世界に知られる作品を残した一人のちょうこく家と、深い関わりがあります。東京都北区は、その人である北村西望さんの歩みを、区のホームページでしょうかいしています。

北村西望さんは、明治17年(1884年)に長崎県で生まれたちょうこく家です。ねん土や石、金属などを使って、立体の作品を作る仕事をしていました。北村西望さんは東京美術学校を首席で卒業し、大正5年(1916年)から37年もの長い間、北区に住みました。大正14年(1925年)には、今の日本芸術院にあたる会の会員に選ばれています。昭和33年(1958年)には文化くん章と文化功労賞を受け、日展の会長や、北区美術会のめいよ会長などもつとめました。そして昭和56年(1981年)に北区のめいよ区民に選ばれ、昭和62年(1987年)になくなりました。北村西望さんの代表作は、長崎にある、平和を願う大きな像です。この作品は世界的に有名で、北区には、その原型をもとにして作られた高さ2.41メートルの像があり、北とぴあの前に設置されています。この内容は、2025年2月7日に新しくされたものです。
ここで、出てきた言葉を説明します。「彫刻」とは、木や石、金属などをほったり形づくったりして、立体の作品を作る芸術のことです。「名誉区民」とは、その区のために大きな働きをした人に、区がおくる特別な呼び名です。「文化勲章」は、文化や芸術、学問の発展に力をつくした人に、国からおくられるものです。また、北村西望さんが長崎に作った像の名前は「平和祈念像」といい、平和を忘れずに願い続ける、という意味がこめられています。町にある像や古い建物には、それを作った人や、その町で生きてきた人たちの願いがこめられています。北とぴあの前の像のように、遠くはなれた長崎と北区が、一つの作品を通してつながっていることもあります。町を歩くときに像の前で少し立ち止まり、だれが、どんな願いをこめて作ったのかを調べてみると、自分の住む町の歴史や、平和について考えるきっかけになります。
のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港が開港1カ月 石川県知事「大変大きな効果」

みなさんは、飛行機に乗ったことがあるでしょうか。空港は、人や荷物を遠くの土地や外国と結ぶ、大切な出入り口です。空港があると、旅行や仕事でその土地を訪れる人が増え、地域の経済も元気になります。石川県には、令和8年7月7日に開港した「のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港」があります。ポケモンは、みなさんもよく知っているキャラクターです。その名前が空港の名前に入っているのは、とてもめずらしいことです。

令和8年8月7日で、この空港は開港からちょうど1カ月をむかえます。その前の日にあたる8月6日木曜日の午後2時から、石川県の知事は、いつも決まって開いている定例の記者会見を行いました。会見では、記者が「のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港が開港して1カ月になるが、その効果をどう見るか」とたずねました。これに対して石川県の知事は「数字では明確に申し上げられないが、大変大きな効果があると思っている」と答えました。石川県の知事は、来場者の数や飛行機の利用のようすについて、具体的な数字は挙げませんでした。
石川県の知事は、そう考える理由をいくつか話しました。まず、7月7日の開港のようすが全国のテレビや新聞で伝えられ、とても大きな反応があったことです。北海道や中国地方に住む知り合いからも、そのことを伝えるメールが届いたと話しました。また、石川県の知事が平日に空港を訪れたときにも、子供を連れた家族など多くの人が来ていたということです。そして、実際に行った人が良さを友だちや家族に話で伝える口コミによって、さらに多くの人が来ることにも期待していると話しました。さらに石川県の知事は、ポケモン・ウィズ・ユー財団といっしょに取り組む約束が、3年間という期間を決めたものであることを改めて説明しました。その3年間を大切にして、大きな効果を続けていきたいという考えです。そのうえで、全日空に対して、ポケモンジェットを飛ばしてほしいと要望したことも明かしました。
ここで、いくつかの言葉を説明します。「開港」とは、空港が新しく使えるようになり、飛行機の発着が始まることです。「口コミ」とは、実際に行ったり使ったりした人が、その良さを人から人へ話で伝えていくことです。テレビや新聞の報道とちがって、身近な人の言葉なので信じてもらいやすいという良さがあります。「ポケモンジェット」は、ポケモンの絵がかかれた飛行機のことです。空港は、その土地に人をよびこむ入り口であり、地域の産業や暮らしを支える役わりをもっています。石川県の知事が話したように、一度訪れた人がその良さを伝えていけば、人の輪はさらに広がっていきます。3年間という限られた期間の中で、この空港がどのように育っていくのか。それは、みなさんが住む地域のよさをどう伝えればよいかを考えるうえでも、大きなヒントになりそうです。