2026年8月15日(土)のこどもニュース
インドネシアの海で大きなじしん マグニチュード7.7のゆれ

みなさんは、学校でじしんのひなんくんれんをしたことがありますか。日本はじしんが多い国ですが、日本から南のほうにあるインドネシアという国も、じしんがとても多い国です。インドネシアの海や地面の下では、プレートとよばれる大きな岩の板どうしが、いつも強い力でおし合っています。その力がたまってはなれると、大きなじしんが起きるのです。

アメリカで地面やじしんを調べている国のきかん「米国地質調査所」(USGS)は、インドネシアのフローレス島の北がわの海で、マグニチュード7.7の大きなじしんが起きたと発表しました。じしんが起きたのは、インドネシアの時間で2026年8月15日の朝早くで、世界のもとになる時間では8月14日の午後9時58分でした。
しんげんは、フローレス島にあるエンデという町から北西におよそ68キロメートルはなれた海の中で、地図でいうと南いど8.31度、東けいど121.35度のあたりです。しんげんの深さは10キロメートルで、地面の下のあさい場所で起きたじしんでした。USGSは、このじしんが、オーストラリアプレートとスンダプレートという二まいのプレートがおし合うさかい目で起きたことや、岩の板が上下にずれ動く、ぎゃくだんそうというタイプのじしんだったことも発表しています。
USGSは、人やたて物に大きなひがいが出ているおそれが高いと考え、ひがいの大きさを色で表すけいかいのレベルをオレンジにしました。また、強いゆれを感じた人は、およそ200万人にのぼると考えています。フローレス島の近くの海では、1950年から今までに、マグニチュード6いじょうのじしんが37回、マグニチュード7いじょうのじしんも5回起きています。1992年には、今回のしんげんから東南東におよそ63キロメートルはなれた場所で、マグニチュード7.8のじしんとつなみが起き、2500人いじょうの人がなくなったという記ろくものこっています。USGSは、この後もよしんがつづいていることにもふれています。
ここで、むずかしい言葉をせつ明します。「マグニチュード」は、じしんそのものの大きさを表す数字で、数字が大きいほど強いじしんです。「震源」は、地面の下でじしんが始まった場所のことです。「プレート」は、地球の表面をおおっている、大きな岩の板のことです。「逆断層」は、プレートどうしがおし合う力で、岩の板が上下にずれ動くずれ方のことです。「余震」は、大きなじしんの後に、同じあたりでつづけて起きるじしんのことです。「津波」は、じしんなどで海の水が大きく動き、高い波となって陸におしよせるものです。
日本もインドネシアと同じように、じしんが多い国です。学校のひなんくんれんに真けんに取り組んだり、家の人とにげる場所を話し合っておいたりすることが、自分の命を守る力になります。今日からできることを、少しずつ始めてみましょう。
せんそうのひがいをわすれない いまばり市の石のひ

みなさんは、今から81年前、日本が外国とせんそうをしていたことを知っていますか。太平洋せんそうとよばれるせんそうです。このせんそうでは、日本のたくさんの町が、空からのこうげきで大きなひがいを受けました。えひめ県のいまばり市も、そのひとつです。いまばり市の人たちは、そのときのことをわすれないように、記ろくをのこす活動をしてきました。

1945年(昭和20年)、太平洋せんそうの終わりごろ、いまばり市はB29という大きなひこうきによるくうしゅうを3回受けました。1回目は4月26日で、なくなった人が68名、重いけがをした人が34名、全部こわれた家が41戸、半分こわれた家が63戸ありました。2回目は5月8日で、なくなった人が29名、重いけがをした人が4名、全部こわれた家が43戸、半分こわれた家が98戸ありました。3回目は8月5日から6日にかけてで、なくなった人が454名いじょう、重いけがをした人が150名いじょうにのぼり、8212戸の家がやけてしまい、34200名いじょうの人がひがいにあいました。市民や、県の内外から来てはたらいていたどういんがくとをふくめ、えひめ県の中で一番多くの人がなくなったと、ひの文に書かれています。このひがいを記ろくにのこし、なくなった人たちのことを思い、平和をいのるために、いまばり市せんさいいぞく会と、いまばり市のせんさいを記ろくする会は、2008年3月、くうしゅうでひがいを受けた町の中に「今治市戰災の碑」という石のひをたてました。このひは、国の役所であるそうむしょうのホームページでしょうかいされています。
ここで、むずかしい言葉をせつめいします。「空襲」とは、ひこうきが空からばくだんを落として、町や人をこうげきすることです。「動員学徒」とは、せんそう中にはたらく人が足りなくなったため、工場などではたらくために集められた学生のことです。「碑」とは、できごとをわすれないように、文字をきざんでたてた石のことです。せんそうが終わってから81年がたち、そのときのことを知る人はだんだん少なくなっています。だからこそ、こうした石のひや記ろくが、昔のできごとをわたしたちにつたえてくれます。昔なにがあったのかを知り、平和の大切さを考えることが、これからの世界を平和にすることにつながっていきます。
ネットやゲームをどう使っている? 国の調べのほうこく書ができました

みなさんの中には、スマートフォンやゲームで遊ぶのが大すきな人も多いと思います。インターネットやゲームはとても楽しいものですが、夜おそくまでやめられなくなると、ねる時間がへったり、朝起きられなくなったりする心配があります。そこで国は、日本の人たちがネットやゲームをどのように使っているのかを、くわしく調べることにしました。

2026年2月9日、かながわ県よこすか市にある病院の、くりはま医りょうセンターが、「令和6年度 ネット・ゲーム使用と生活習慣に関する実態調査」というほうこく書を公表しました。公表とは、だれでも見られるように広く発表することです。この調べは、れいわ6年度に、こうせいろうどうしょうという国の役所のお金の助けを受けて、くりはま医りょうセンターが行いました。調べの目当ては、日本の人たちがインターネットやゲームをどれくらい、どのように使っているのかをつかむことです。さらに、やめたくてもやめられなくなる、いぞんのけいこうや、使い方のとくちょうをはっきりさせることも目当てです。ほうこく書は、いぞんしょうたいさく全国センターのホームページで読むことができます。
ニュースに出てきた「依存」とは、体や心によくないと分かっていても、自分の力ではやめられなくなってしまうことです。ゲームやネットを長い時間つづけすぎると、生活のリズムがくずれてしまうことがあります。今回のほうこく書は、お医者さんや国が、こまっている人を助けるやり方を考えるための、大切な手がかりになります。みなさんも、遊ぶ時間を決めるなど、ネットやゲームと上手につき合うやり方を、家の人と話し合ってみてください。
ぬすまれた3点の絵、イタリアのけいさつが取り返しました

みなさんは、絵をかざって多くの人に見せるびじゅつかんに行ったことがありますか。世界には、昔の画家がかいた、とても大切な絵がたくさんあります。イタリアのパルマという町の近くには、マニャーニ・ロッカざいだんという、有名な絵を集めてかざっているところがあります。ところが今年の3月22日の夜から23日の朝早くにかけて、そこから3点の絵がどろぼうにぬすまれてしまいました。

8月14日、イタリアで文化を守る国の役所である文化しょうが、うれしいニュースをローマで発表しました。ぬすまれていた3点の絵を、イタリアのけいさつであるカラビニエリが見つけて、取り返したのです。3点の絵は、セザンヌがかいたカップとさくらんぼの皿の絵、ルノワールがかいた魚の絵、そしてマティスのはん画で、どれも世界でとても有名な画家の作品です。見つけたのは、カラビニエリの中で文化財を守る仕事をするチーム(リーダーはアントニオ・ペッティさん)と、パルマの町のカラビニエリです。文化しょうのリーダーである文化相のアレッサンドロ・ジュリさんは、この仕事にはとても大きな意味があり、すばらしいうでまえでやりとげられ、地元の人たちに大切な文化財を取り返してくれた、とお礼の気持ちとほめる言葉を発表しました。アレッサンドロ・ジュリ文化相はさらに、文化財を守る国の仕事はいつもほこりであり、イタリアのすばらしさを表している、とも言いました。この発表は、8月14日の午後3時34分に出されました。
「カラビニエリ」とは、イタリアのけいさつのことです。その中には、絵などを守るせんもんのチームもあります。「文化財」とは、昔から大切に受けつがれてきた絵やたて物などの、みんなのたから物のことです。ぬすまれた絵がもどってきたので、地元の人たちは、また有名な絵を見ることができます。日本にも、お寺や昔の絵など、たくさんの文化財があります。みんなで大切に守っていけば、みらいの子どもたちも、すばらしい作品を見ることができますね。