1光で脳の神経をあやつる研究にノーベル賞 アメリカとドイツの3人


2024年1月1日、能登半島でマグニチュード7.5の大きな地震が起きました。この地震では、半島の北部や西部で海岸の土地が大きくもち上がり、高いところでは5.2メートルも高くなりました。半島の西部を流れる八ヶ川の河口でも、土地が4メートル近くもち上がりました。

海岸がもち上がると、川の出口である河口と海面との間に大きな高さの差ができます。八ヶ川では、川の水が海に向かって落ちこむ「たき」のような、流れの急な区間が生まれました。
東北大学災害科学国際研究所の高橋助教たちの研究グループは、この河口から約1キロメートルの区間を調べ続けました。地震の直後はレーダーの画像や国土地理院の航空写真を使い、その後はドローンからレーザーを当てて地形を細かく測る方法と、ドローンで写真をたくさんとって地形を測る方法をくり返し行いました。こうして土地の高さを立体的に表した3次元のモデルを何度もつくり、川の形がどう変わっていくかを時間を追って調べました。
すると、たきの上のはし、つまり川底のかたむきがゆるやかな区間から急な区間に変わる地点である「遷急点」が、上流へ動いていることが分かりました。たきの上のはしでは、水の流れが川底を強くけずります。けずられた分だけたきの位置は上流側へ後退し、そのたびに上流側の川底が新しくけずられていくのです。
この動きは、こう水をきっかけに一気に進みました。2024年7月の大雨のときと、地震から約8か月半後の2024年9月20日から22日にかけて起きた「奥能登豪雨」のときです。この大雨では能登半島の川で大きなこう水が起き、こう水のピークのときに、たきの上のはしは急に上流へ移動しました。
地震から1年もたたないうちに、たきの上のはしは最大770メートル上流へ移動し、河口から1キロメートル近く内陸まで進みました。この間に、川底は最大2メートルもけずりこまれました。現在、たきの上のはしは、川の水をせき止めるために人がつくった「せき」に達し、そこで止まっています。
川底が深くけずられたことで、川ぞいには、もとの川原が川より高いところに取り残された階段のような地形ができました。「河岸段丘」とよばれる地形です。けずられた川底からは、約7400年前の縄文時代に当時の河口近くに積もったとみられる砂やどろの地層も見えるようになりました。地震で土地がもち上がってから1年もたたないうちに川ぞいの階段状の地形ができたこと、そして海岸の階段状の地形とそれにつづく川ぞいの階段状の地形がほとんど同じ時期にできることを、これほど細かく観測したのは世界で初めてです。
一方、川底では別の現象も起きています。細かい砂やどろが先に流され、大きな石や人工のコンクリートのかけらが川底に残る「アーマー化現象」です。残った石やかけらがよろいのように川底を守るため、下へのけずりこみは一時的におさえられました。そのかわり、横のがけをけずる「側方侵食」が起こり、川はばは60メートル以上に広がりました。
この研究の結果は、2026年9月14日に科学の専門誌「Communications Earth & Environment」にのり、9月16日に東北大学、一橋大学、東京大学、北海道大学など8つの大学や研究機関が発表しました。
地震からは2年半以上がたちましたが、川の変化はまだ終わっていません。研究グループは、八ヶ川の河口から約10キロメートルの区間では、今後10年以上にわたって川底が低くなったり川はばが広がったりし続ける可能性があるとしています。八ヶ川では、せきや橋の柱の近くがけずられたり、川岸を守る護岸がくずれ落ちたりすることがすでに確認されています。能登半島北部のほかの川でも、同じような現象が進んでいる可能性がきわめて高いと研究グループはみています。